No.64 洗濯物日和

(Another Moon.r 沙季様 作)







 昨日までの雨が上がって路面が乾き始めると

それより少し湿り気を帯びた空気の中、陽射しが穏やかに

温かくジープの上にいるたちの背中を照らし出してくれ始めている。

天気の安定しない地方にたどり着いて以来、

あまり機嫌の良くなかった三蔵がうとうとと居眠りをしている。

昨夜の雨で眠れなかったらしい。

法衣を着込んだ背中がしばらくうつらうつらとしていたが

車体が揺れても起きる気配がない。

カーブで車体が傾いた拍子にシートに身体ごと預ける形になってからは

うつらうつらが動かなくなった。

『熟睡してる・・・・』

後ろから見ても解かるくらいその背中は気持ち良さそうな眠りに沈んでいるようだ。

 それくらい今日は温かい。

悟浄も悟空も三蔵の居眠りにつられてウトウトし始めている。

いつもと違う空気の車上は静か過ぎて気持ちが悪いくらいだ。

『八戒だけは眠れないのに・・・・』

 彼に代わって不平を言いたい気持ちに駆られたが

コックピットにいる後姿は相変わらずで何も感じてなくも見える。





 旅の負担をいちばん背負わされているのは八戒だ。

彼が好きでたまらない彼女の感想だからそこには

少しだけ恋に割増された主観が入っている。

だから彼女は間違っているとは思っていない。

 誰よりも早起きで誰よりも遅くまで起きている。 

こうやってジープのハンドルを握りながら日常に関わる雑事をこなし、

買い出しの値段交渉から三蔵たちの食事、部屋割りの心配から

悟空と悟浄のケンカの仲裁、果ては興奮して発砲した三蔵の尻拭いまで

柔らかい人当たりと穏やかな物腰を持って丸く収められるのは八戒だけだ。





『夕べだって雨でよく眠れてないはずなのに・・・・』




 八戒も三蔵と同じに雨が苦手だ。

三蔵と違うのは腹部に受けた傷が物理的な痛みになって時折彼を悩ませることだ。

煙るように纏わり着く降り方をした昨夜の雨は彼にどんな感覚をもたらしたのだろう?

そばにいても「大丈夫です」と笑うだけで あまり何も言ってくれない八戒に

優しく抱きしめられての方が先に眠ってしまった。

もしかしたらそのままで朝まで眠らなかったのかも知れない。

朝もより先に起きていて抱かれたままの腕の中で目を覚ますと優しく笑ってくれたのだ。





 八戒の優しさに比すると自分のしている心配など何の助けにもならない気がする。





 道に沿ってしばらく進むとさっきまでと幾分違った風が正面から吹いて来て

別の何かが風景の一部に配置されているような・・・・。

「いい風」

思わず呟いた時初めて八戒が振り向いた。

「解かりますか?」

「この先に何かあるの?」

「川ですよ、大きな川があるんです」

 地図で確認済みの八戒がを振り返って微笑を返す。



 道なりに沿ってしばらく進むと川筋に沿うように道が左右に分かれている。

西へはこの道を左に下って行くのだが八戒は何かを探すように地図と道を見比べている。

「どうしたの?」

太陽の位置と目指す方角を比較すればいくら方向音痴なでも進む方向ぐらいは解かっている。

なのに八戒がいつまでも地図を見ているのが珍しいのと

らしくないのが気になってさすがに心配になってきた。

「確か、このあたりなんですけどね」

「何が?」

「対岸に渡れる橋があって・・・・」

「橋?」

 思わずジープの上に立ってが遠くを見渡してみる。

「それならあっち・・・」

「え?」

あっさり見つけて指差す

木や枝葉の陰になり、さらに右側に向って登り坂になった傾斜の加減で

目を凝らさなければ見えない配置。

 半分の視界が利かない八戒にそこまで見渡すのは恐らく至難の業だ。

こんなこともひとりでしなくてはならないのかと思うとは三蔵たちを叩き起こしてやりたくなった。

しかし八戒本人は至って暢気で何のてらいもなく

の目が良くて助かります」

と笑うだけだ。 これでは怒りのやり場がない。





「お人好しなんだから・・・・」

 プゥッと頬を膨らませるとハンドルを切る背中にそっと視線を送った。

しかし八戒は確信犯だ。

これも何かの貸しにしているはずだと思い至ると

三蔵たちがその轍をいつ踏むのかを想像しだしてやがてクスクス忍び笑った。

、どうかしましたか?」

「ぅうん、何でもない」

「あまり、変なこと考えてちゃダメですよ」

「え?」

 笑いがピタッと収まってしまう。  一体どうして解かったのか。

そこが八戒の面白さでそれが八戒の怖さかも知れない。

「今の解かった?」

「いいえ、なんにも」

 あっさり否定。 ズルッと後ろで仰け反りかけて

カマを掛けられたらしいと解かったが真っ赤になって抗議する。

「ずるい」

「あれ、僕が何か言いました?」

 余裕の言葉にが焦る。

「言ってない!! 言ってないけど・・・・・ぇえーと、・・・・」

次の言葉が見つからない。 結局、また赤くなって

「よく解かんない、けど八戒の意地悪!!」

「あはは・・・・・・可愛いですよ、

と煙に巻かれる。





 澄んだ瞳のひとつが煌めく。

生まれ持った瞳と人工物のそれ。 今光ったのは動かない光彩の方だ。

美しさと冷たさを秘めた隻眼の視界に囚われては身動きが取れなくなる。



こんな瞳で見つめられたら逃れられない。



 それを知ってか知らずか虚実の瞳の持ち主はハンドルを切り返す操作で

橋の方に向ってジープを走らせる。

渡ったところから川原に下りる道を下ってようやくジープを止まらせた。

「何があるの?」

振り返ると屈託なく笑って空を指差した。

「いい天気だと思いませんか?」


 素直に仰ぐの瞳は空よりもさらに深く青い。 桜色の唇が笑う。

「洗濯物がたまっちゃってるんですよ」

キョトンと一瞬聞き入って、すぐ納得がいったように頷いて

「じゃあ、私もお手伝いするーーー!!」

 言いながら少し変だとは思う。

女の私が手伝うなんて・・・・三蔵たちを責める云われが消し飛んでいく。

も八戒にどこかで依存しているのだ。

 パッとした笑顔は八戒の口元をほころばせるのに充分過ぎる魅力と

華やぎに満ち溢れ、ふたりだけなら何もせずにおけないほどだと

八戒の胸も微かにざわめく。

「じゃあ、行きましょうか」





 促されたものの両脇を悟浄と悟空に挟まれ、どう降りたものかと一瞬思案する



と優しい声がかかる。

 背後に回った八戒が両腕を差し出していて ここから降りるよう言っている。

シートを土足で踏む心配をしたが特に咎める様子もないので

背凭れに足をかけて八戒に身体を預けると軽々と抱き上げてそばに降ろした。

「少し重くなりましたか・・・?」

からかうように耳打ちされる。

「えェッ、本当?」

 そう言えば最近は、と気にする

「冗談ですよ」

「何だァ、良かった・・・・」

ホッと胸を撫で下ろすのも束の間。 『またやられた』

「ずるいッッッ! もうッ、八戒の意地悪ーーー!」

快活に笑って追い縋るの手からしばらく逃げる。

3人とも起きてこないふたりだけの時間を束の間遊んで笑いながら二人は過ごした。





 ちゃぷん。

「冷たい・・・・」

「滑りますから気をつけて下さい」

そっと水に手を入れて感触を確かめるに八戒が手を差し伸べる。

 陽だまりよりもさらに優しく微笑む八戒に下流を心配した

「下に誰かが住んでいたりしない?」

と聞いた。

「大丈夫ですよ、確かこの先しばらくは村も集落もないはずです」

「ふぅん・・・・・」

 その点も抜かりなく車上の地図で確認していたらしい。

だからここで洗濯を・・・・。 と、そこまで考えてハッとする。

「って、もしかしたらここで?」

「泊まる以外なそうなんです」




 野宿かーーー。

溜息ともつかない様子で肩を落とす。

野宿は苦手だ。  固い地面に直接眠らなくてはならないし、4人と違って

気楽にトイレに立つこともままならない。

今時分はまだいい方だが女として特別な体調の時にぶつかったりすると

八戒にも言えない事情や痛みにひとり苦しんだりすることもある。

 とは言え、隠し事を察して真っ先に心配して声をかけるのも

結局それで頼りになるのも八戒以外誰もいない。

 その点が三蔵の言うところの「旅に女は要らん」という点に帰結して行く。

だから解からないよう、バレないようにいつも事前に八戒がを庇う。

が八戒に頼りきり、八戒がを甘やかすのも無理からぬ話で

彼女が八戒に恋をしてしまったことには偶然よりも必然に近いものがある。


 八戒抜きで旅をするなど考えられないほどだ。


 だからと言って慣れたとはいえやはりにとって野宿は苦手なことに変わりない。

野宿の数だけ八戒に無理を強いているように不安に駆られることがあるからだ。

それでもいつもよりずっと早く腰を落ち着けられる場所で

比較的楽な仕事に機嫌のいい八戒を見ると絶対イヤだなどとは言えなくなる。

 澄み切った空が気持ちいいぐらいに乾いた風を運んで来る。

本当に洗濯日和そのものだ。 が洗濯物を分けている間、

先を見越した八戒が枝の間に細いロープを張り巡らす。

 干して畳むまでが洗濯です、と言わんばかりの用意の良さ。

さらには周囲を歩いて焚き木を拾って来るとそれで今度は火を熾す。

 いくら暖かい日だとはいえ水に手や足を入れていては

身体が冷えて風邪をひいてしまいそうだ。

よく見ればタオルやお湯を沸かす用意まで。

目端の利いた八戒の周到さにはとても敵わない。

『一緒にいるから尚更――――』



 このまま時間が止まってくれたら・・・・とふと思う。

『ずーーっと野宿! やっぱりイヤ』

口に出したら八戒に大笑いされそうな安易な考えを否定して思わずが苦笑する。

 やがて八戒が隣りに並んで仲睦まじい洗濯になった。




、辛くなったらやめて下さい。 あとは僕がやりますから」

 春風に吹かれての作業に八戒がを気遣う。

「うん、まだ平気・・・・」

 水が冷たい。

本当は痛くて辛くてたまらなかったが八戒一人にさせられない。

そう思うと冷たさに真っ赤になった手なども知らない顔で

作業の手も休むことなく洗い続ける。

、手が真っ赤ですよ」

「ぅん、これくらいは大丈夫」

 別に意固地になった訳ではなかった。

それでもやはり身体が冷えていつの間にか震えが来る。

・・・・」

「ぅん、平気ょ・・・・」

 くしゅん!

言い終わらないうちに小さなクシャミが彼女を襲う。



 慌てた八戒が真っ赤になったの手を取る。

「は、八戒・・大丈夫だって」

「ダメですよ、無理しては」

 ジタバタと騒ぐ彼女を抱き上げると川原の焚き火のそばに行く。

「もうすぐ終りますから、あとは僕がやります」

「ダ、ダメよ!!」

 口元に指が押し当てられる。

はここにいて下さい」

「手伝わせて」

「それほど残っていませんよ」

「だったら尚更、早く終れるでしょう、八戒!!」

「・・・・それじゃあ分担制にしましょう」

「分担制?」

はここでお茶を用意する、僕は残りを洗っちゃいます

火はまだ大丈夫ですけど焚き木の方はなくなりそうですから、

それもお願いしちゃっていいですか?」





 また上手く言い包められてしまった。

楽な仕事を押し付けられ、焚き木を拾い集めながらは思わず臍を噛んだ。

「八戒のバカ・・・・」

 やがて起き出した他の3人に野宿の意を伝えると案の定上がる不平の声。

「俺は女のいない夜なんか迎えて寝るのはゴメンだぜ」

「なァ、飯は足りんのか? ァ・・・・」

「もう少し走ってから場所を決められなかったか?」

 これら全てを宥めすかすのも八戒の役目だ。

勝手ばかりを言う一行にの怒りが爆発する。

 面食らう三蔵、勢いに押され思わず悟浄と悟空が頷く。

「はいッッ!」

「すんません!」

「チッ」

仏頂面の三蔵が悔し紛れに舌打ちをした。

「あれ?八戒は・・・」

 の剣幕に押され気味だった空気にひとり足りないのに悟空が気付く。

「ここですよ」

洗い終わった洗濯物を持って八戒が戻ってくるところだった。

「何それ、全部ひとりで洗ったの?」

「まさか・・・半分はが洗ってくれたんですよ」

 が干すのを手伝うというのをにこやかに応じる八戒。

家事も厭わない夫と新妻の風情。  言ってみればバカな新婚。

下らないモノを見せるな、とばかりに三蔵の顔がさらに不機嫌になる。

「あいつらバカップル」

「お前、そんなことも知らなかったか・・・」

 呟くように、だが思い切り吐き捨てられた悟浄が三蔵の揚げ足を取って騒ぎが広がる。

「テメェこそ、女も知らねーークセに何言って・・・」

「みなまで言うな」

 痛いところをド突かれてハリセンよりも先に銀色の物騒なアイテムがその手に光る。

騒ぎを聞きつつ、止めに入らない八戒をが心配そうに振り返る。

「止めなくていいの?」

「へーきですって」

じゃれているだけですからね、と笑い飛ばす八戒。

 しかし、今回はシャレではすまなくなったようである。

ガウンッッ!!!

たった一発、へらへら笑う悟浄の態度に業を煮やした三蔵が威嚇のつもりで発砲した。

ひらり、と悟浄の身体が避ける。 悟空と悟浄が見守る中、

ちょうど干し終えたばかりの洗濯物がかかっていたロープの一端に命中する。





 プチッッッ。




 その時まで八戒は軽く笑っていたと思う。 

プチッのあとに洗濯物が翻って地面の上に落ちて行く。

ここは地質が悪かった。

全体的に粘土質でネバネバとしている上、洗濯物の水滴で濡れきったそこは当然ながら

落ちたらかなり汚れそうな・・・・・。


 プチッッッ。


はもう一度そんな音を聞いた気がした。

「八戒?!」

「三蔵、今ので気がすみました?」

 ヤバイ、しまったという顔の三蔵。

反対にコソコソと逃げ腰で冷や汗をかく紅い髪――――。

「悟浄、逃げないで下さい、別に怒ってませんから」





 『別に怒ってませんから』

穏やかで優しいオーラがひたすら怖い。

この男は笑っても笑っていない目が怖い。

その昔、千人を殺した妄執で死ぬ寸前の傷が元で悟浄に拾われ

三蔵と悟空に追いまくられて結果、四人を繋ぐ糸を紡ぎだした張本人の殺戮者だ。

これを怖いと言わずして何を怖いと言ったらいいんだか。





 繋ぐ糸の元が笑う。

「今日は洗濯日和ですよね」




 一瞬、顔を見合わせてから逆らうなと三蔵が悟浄に目配せする。

それに合わせた悟浄が

「だ、だよなーー、手伝えってことか、なァ八戒?」

「チッッッ」

 余計なことを言いやがってと睨む三蔵を一瞥すると翡翠の瞳が微笑する。

「三蔵、悟浄はああ言ってますけど・・・♪」

有無を言わさず汚れ物を手にして差し出される。

「修行僧時代を思い出したくなるでしょう?」

「出したくもねェ」

「そうですか、でしょうねェあの当時発砲されて洗い直すってなかったはずでしょうから・・・・

違いますか三蔵?・・・それとも僕、何か間違ったこと言いました?」

 ある訳ない、言う訳ない。

あったら俺に言ってみろ! 吐き捨てるような言葉が頭を過ぎるが

この男相手に敵う口車など持っていないことに気付いて

「やりゃーいいんだろ、やりゃー」

 交渉成立。

八戒は一言も命じる言葉を発することなく、三蔵・悟浄が勝手に申し出た形で

洗濯のやり直しに応じた形になってしまった。

すべて八戒の思い通り。




 空は麗らかな洗濯日和――――。




「つ、冷てェーー!! なァ、これホントに洗えってのか?」

 不平を抜かす悟浄に悲しげな八戒の溜息が続く。

「イヤですねェ、皆さんが洗いたいって言うから仕方なく・・・」

「わーったよ、いいから全部持ってきやがれ!!」

 やけっぱちのふたりが騒ぐ。

ランニングにトランクスといった間抜けな格好は

まるで八戒の用意した罰ゲームみたいに見える。

起き抜けのみっともない姿ともリンクしてと悟空の失笑を買う。

 洗い方や洗い上がりのチェックも厳しい八戒の監視の元、

不満をブツブツ漏らしながら何とか終えた頃にはすっかり日が暮れかかっていた。

「これは朝までこのままにしておく意外なさそうですね・・」

干した場所で腕組みした八戒が仕方ない顔でに言った。

乾かなければそれも止む無し、と諦めながら

「それじゃあ、急いで食事の支度しますから」

快活に笑う翡翠の瞳に寄り添うようにが手伝う。


 どこからか悟空が雨風が凌げる場所を見つけてその夜はそこに寝場所を確保した。

お化けが出そうな洞窟にと悟空がはしゃぎ回る。

「いい加減にしろ、このバカどもが」

走り回るふたりのお凸に三蔵のハリセンが一閃する。

「お前ら一体いくつだよ」

 開いた口が塞がらない悟浄がげっそりした顔で呟いた。

悟空は立派な18歳。 はとっくに成人している。

「勝手にしてくれ」

 洗濯が余程身体に堪えたらしい、三蔵も悟浄も早々に横になると寝てしまった。

ひとしきり談笑に応じたりとふざけ合っていた悟空もやがて寝入ってしまうと

と八戒だけになる。

落ち着ける相手と向き合う静かな時間。

 八戒がに手を差し伸べる。

「疲れましたか?」

小首を振ってが笑う。

「八戒の方が疲れたでしょう」

 心配顔の濃い藍の瞳。

深い色合いに引き込まれそうになって八戒が気が付くと頬が熱くなっている。

「僕は全然平気ですよ」

「ウソ・・・・左目がいつもよりずっと赤いもん」

 生まれついたままの瞳が違うと訴えている。

不意に両肩を引き寄せられる。

・・・」

「こんな時はね」

膝上に頭が乗せられた。






 膝枕――――。

の柔らかい膝がふわふわと当る。

「何だか照れますね」

「いいの・・・」

 謳うようにが囁く。

「疲れた時はね、こんな風に誰かの身体に寄りかかって」

優しく髪をかき上げられる。

さらさらと八戒の髪が指の間を零れていく。

きれいな髪、真っ直ぐな手触り。

 互いの指や髪の感触を確認するうちに疲れが出たのか八戒が先に寝息を立てた。

いつもは自分が先に眠ってしまって・・・・。

見たことのない寝顔がの瞳に刻み付けられる。

長い睫毛が影を落とす。

 大好きな八戒の初めて見せる無防備な横顔。

「八戒、キレイ・・・・」

いつまでも見つめていたいほど穏やかで優しい時間が過ぎて行く。













 感触が変わった頭の感じと誰かの動く気配で目を覚ました。

・・・・?」

真ん中で焚かれた火はとっくに消えてあたりは真っ暗になっている。

気が付くと自分に膝を差し出したがいない。

さっき感じた動く気配は彼女だったと思い当たると慌てて身体を起こして呼ぶ。



 ここにはいないようだ。



不規則でたくさんの音を聞いた気がした。

神経が尖るような感覚が腹の傷跡をそろりと撫でる。



 外に走った。 水が跳ねる音と匂い。

「雨・・・」

腹の傷に疼痛が走る。 耳鳴りがする気がして思わずしゃがみかけたその時

・・・・?」

 そぼ降る雨の中、小さな影が走って行く。

何か大きな影を引っ張ったり背伸びをするような仕草を繰り返す。

「あれは昼間洗濯してた・・・・」




 さほど強い雨ではない。

思わず飛び出して小柄な影があたふたする辺りまで辿り着くと。

やはりが高く張られたロープの端のあたりに引っかかった洗濯物を取ろうとしている。

、ひとりで取り込んでたんですか?」

髪からしずくが滴り落ちる。

 ぬばたまの髪がさらに黒く闇に映えてなお、艶めいて白い素肌を濃く彩る。

赤味の抜けた頬が愛しい。

「もうじき終るの・・・だから八戒は出て来ちゃダメ」

「何言ってるんです、冷たいですよ」

「私は平気・・・・」

 暗闇に慣れた視線に濃い藍の瞳が切なく映る。

「貴方がどうして平気なんです?」

「濡れるだけならすぐ乾くもの・・・・・それに」

気遣わしげな視線が一瞬ベルトのあたりに走って

「雨だと傷が痛むでしょう」

 知っているのと言いた気な瞳。  濃い藍の色した切ない眼。

その瞬間、同じところに疼痛が走った。  顔が歪む。 呼吸が乱れる。

そのことで悟られてしまうのが怖くて思わずを抱きしめた。

「貴女と一緒になら 雨に濡れても 傷が痛むような事はありませんよ」





「濡れちゃったの、ゴメンなさい」

間に合わず、濡れきった洗濯物が風になびいた。

「大丈夫です」

 腕の存在を宥めるように頬に張り付いた髪を優しく払うと口元に微笑をたくわえた。

「明けたらいつかはきっと晴れます だからこれは大丈夫・・・・」

のぬくもりを感じて濡れた痛みが遠のいて行く。

「貴女がいれば それでいいんです。」







 晴れたらまた乾きますから――――。














fin




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す、すみません、宝珠さん! なんか無駄に長いです。
かなり削ったんですよ、これでも推敲したんです。
ヘボい上に今まで書いたこともなかったような黒っぽい八戒が登場してます。
うちサイトの八戒ってこんな印象じゃないですよね?

ぁああ、どうしよう。  イヤなら削除して下さい。
エイプリルフールだからってこんなの出してすみませんッッッ。
ひとまず献上致します。 脱兎の如く風一陣・・・・・。


2003.04.01

Another Moon.r 管理人・沙季

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沙季様 本当に素敵な ドリーム小説をありがとうございました。
「八戒 連載」の「宣戦布告 後日談」を リクしていただいた その交換ドリと言う事で
「100のお題」から「NO.64 洗濯物日和」を 私がリクエストさせて頂きました。